というわけで(どういうわけかは前回のブログをお読みください)、映画『007 慰めの報酬』を観に行ってきました。
行ってきたのは先週日曜日、2月1日映画の日。初回に向け劇場へ足を運べば、駐車場に一杯の車。
「おうおう、映画の日を狙って観に来るものばかりとは、小市民ばかりでご苦労なことじゃのう。」
うそぶいてはみたものの、そんな小市民の車で埋まった駐車場で空いたスペースを探すワタシはまぎれもなく小市民でした。
劇場から離れた場所で車を止め、映画館に入ってみれば朝の9時半というのにロビーは結構な混雑ぶり。
みんな007観るのかな。座れるかな。あの若い娘たちも007観るのかな。あれは『赤い糸』か。やっぱ『20世紀少年』が大多数だろうか。目の前のカップルは『感染列島』に行ったな。
こうやって、作品の入場具合や客層の情報を生で確認するのは楽しいです。
そうして上映時間が近づき入場してみると、半分くらいの入り。
そこで気がついたのですが、観に来てる人は男性が8割位で、しかもその殆どが50代位の方々です。
このオヤジ率の高さ。ワタシが男性客の中で一番若そうでした。いやホントの話。007がいかに50代の男性から人気があるか分かりました。逆にいえば若年層にアピールしないのでしょうか。こんなに面白いのに。
さて本編はといいますと。
本作観る前日に『カジノ・ロワイヤル』再見して予習したのですが、観といて良かったです。
『カジノー』から話は直接繋がってますし、前作からの脇役や設定が多数出てきます。
また、製作側は今までの007シリーズでのお約束を残しながら、出来る限りワンパターンに陥らずに新しい観客を呼び込もうと腐心した跡が全編に感じられます。
冒頭の恒例のあのシーンは無いですし(いや正確にはあるんですけど)、アクションシーンの演出は『ジェイソン・ボーン』シリーズからの影響が顕著です。
ここまで色んな作品で『ジェイソン・ボーン』シリーズに類似した演出をされると、若干食傷気味になってきました。
007シリーズのアクション・シーンはスタントショーの趣があり、ワンカットでVFXなしでスタントを行っていることを見せるために、カメラは引き気味でブレないのが一昔前までの常套でした。カメラをブレさせて、短いカットでスタントを繋いでしまわれると欲求不満が残ります。だって007だもん。
ある場面は、『フェイス・オフ』を想起させ、またある場面では『PROMISE』で真田広之さんが、木から落ちる様を真上からワンカットで撮った演出のアレンジ版と感じることがありました。
とはいえ、色んな作品のおいしいとこつまみ食いのような仕上がりかというとそうとまでは言いません。
ここは外せないオープニングテーマは、「今まさにワタシは007を観ているぅ」とテンションが上がりますし、観る時代によっては浮世離れしすぎてリアリティ皆無にも感じることがあるシリーズ特有のゴージャスさは、今の時代には「せめて映画で金持ち気分」てな効能もあるかも知れません。
「こんなシケたホテルに泊まれるか!」と用意された宿から高級ホテルに強引に鞍替えするボンドは正に不景気知らずです。前作『カジノロイヤル』でも諜報機関に「ギャンブルでスッたから金送れ」とまるで放蕩息子のようだったし。
そうそう、マルス先輩がメールで書いていたブラックカード、一瞬出てきました。
ブラックカードというものを知らなきゃ全くスルーしてました。
また敵役が阿部サダヲさん似で小悪党ヅラで弱そうでした。
全般的には『ゴールドフィンガー』のオマージュがあったりしたものの、極力既存の007映画から離れようとする余り、007映画の持つ独特の何かが欠けていたような・・・『カジノロイヤル』はそんなことなかったんですけど・・・そうだ、悪役です!どこか漫画チックな悪役が今回は欠けていました。
義眼でビーム出しちゃったりするキャラや、キャタピラで移動する基地とか、敵側に配置して欲しかったです。
敢えて避けたのかもしれませんが、そこは外せない所かと。
とはいえ、畳み掛けるような筋運びの中、クライマックスに007とヒロインが、潜入しにくそうな場所にある敵の本拠地にあっけなく潜入しまったりする大味さも含まれていたりしますが基本的に満足です。
例によって帰路は007のテーマを口ずさみながら、ボンドのように車をぶつけながら走ろうとする自分に気づき慄然。感化され易いのです、相変わらず。あ『ボーン・アルティメイタム』観た帰りもそうでしたな。
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